5)専業主婦名義の預金は夫の遺産を構成するか
●はじめに
名義預金の問題といわれるなかで、実務で特に問題になるのが専業主婦名義の預金に関する取扱いです。場合によっては、仮に被相続人である夫の遺産に含まれるとすれば相続税申告義務があり、逆に預金名義どおりの被相続人の配偶者の財産であるとすれば相続税申告は要しない場合もあり、申告の要否という入り口の検討に関係してくるきわめて重要なテーマです。
このような専業主婦名義の預金の取扱いの検討に際しては、被相続人やその配偶者が生きてこられた時代考証が欠かせないと考えます。この点、近年の相続税申告の受任を振り返ってみると、被相続人が80歳台から90歳台の場合が多く、いわゆる団塊の世代の少し前の年齢層であるとの印象です。これらの世代の方々が生きてきた戦後日本の歩みを考察することにより、表題にある「専業主婦名義の預金の遺産帰属」の問題の検証が進みそうです。
●検討にあたっての考慮要素
専業主婦名義の預金が多額にのぼる場合、それが被相続人である夫の遺産であるのかどうか、相続税申告やその税務調査で問題になることがあります(妻が被相続人である場合にも同様の問題が生じ得ます)。このような専業主婦名義の預金の相続税申告での取扱いに際しては、以下の考慮要素に照らし合わせて検討してゆくことになると思われます。
①妻に預金残高に見合うだけの資力があったのか
妻の過去の勤務や就労の内容、年金収入、夫からの専従者給与の有無、妻の実家や親族からの相続、夫や両親等からの贈与の有無について、妻や子らから聞き出します。
②夫からの資金移動に関する通帳照合や当事者からの聞き取り
夫からの資金移動による預金残高の形成であることが確認できれば夫の財産として取り扱います。また妻の証言により妻に資力の源泉がないことが確認できれば、夫の財産との間接証明が得られたことになります。
③預金の管理状況
妻名義の預金について夫が通帳を管理していれば夫の財産として取り扱います。仮に妻が通帳を管理していたとしても、ただちにそのことをもって妻の財産といえる訳ではありません(同趣旨の判決があります)。
●各々の考察
上記①については、以下のような時代考証も踏まえつつ、妻に預金残高形成の資力や源泉があったとされないことが多い印象です。
・もともと兄弟姉妹が多く、また令和の現代に比べれば、両親の相続発生時にはその長男による家督相続の習慣が色濃い時代であり、妻が自身の実家の相続により資産を形成したケースは僅少であること。
・高度経済成長と夫の終身雇用により妻の専業主婦化が進んだこと。
・バブル経済の崩壊とその後の低成長時代を経て非正規雇用の割合が増え、妻が専業主婦をやめて就労をしたとしても、低賃金の非正規雇用であることが多かったこと。
・贈与税の申告はもとより、夫婦間で預金贈与に関する明示もしくは黙示の契約があることは希であること。
上記②については、夫の預金からの出金と妻名義の預金への入金との対応関係を証明してゆくことになります。また預金残高の源泉が夫にあることの妻の証言が得られれば、その証言は間接的な証明になる者と思われます。
上記③については、預金の管理を誰がしていたかが論点にはなりますが、たとえ夫名義の預金であっても妻が家計費を預かるとの趣旨で妻が管理をしていることが多い実情からすると、妻名義の預金を妻が管理していたとの一事で、妻名義の預金が妻の財産であり夫の財産ではないとの主張は通りにくいところです。
2024/1/29 税理士小林俊道事務所